【消防小説】第3話 メーデー

第3話 メーデー

「メーデー、メーデー、各隊、事故車両へ。」

最低限の内容だけを全員が装備している署活無線で送り、俺は車両の下を目視する。当たりだ。下に巻き込まれている。

「わかりますか?消防隊です!」

反応がない。地面に寝そべって、できる限り車両の下に手を突っ込み、要救助者の手首に手を伸ばした。なんとか手首まで届き、橈骨動脈で脈拍を確認した。ある。大きな声で、

「要救助者発見、成人女性、意識なし、脈拍あり。」

できる限り短い時間で現場のみんなに状況を伝えたくて、簡潔に作業を進めていく。こちらに駆け寄りながら、俺のその言葉を聞いて、全員が俺と同じプロセスをたどる。一瞬思考を停止させ、すぐさまフル回転させる。

「巻き込みか?」

「おそらく。車両がぶつかった方とは反対側だったから見えなかったのでしょう。」

渡部救急隊長と話していると、鈴木隊長が覗き込んできた。

「わ、これはまた・・・。挟まれはあるか?」

「確認します。エジ、同時に5点確認してくれ。」

通常どおりの確認事項を怠らずに指示し、車両の右側から下に潜って挟まれていないか、また踏まれていないか確認をしようとしていると、同時並行的に仲宗根が車両の左側から潜って要救助者の頭部へアプローチをかけた。さすが救急救命士である。表情を確認しながら、総頚動脈を触診しより詳しく観察していく。

「40代女性、意識レベル300、総頚動脈充実。」

仲宗根が簡潔にバイタルを報告する。

「俺はこのまま観察を継続します。タケさん、このまま潜っているので資機材の補助をお願いします。」

「了解。」

武林が返事をする。

 俺はこの要救助者が、車両の下に潜っている状態で、さらにタイヤに踏まれていたり、下回りの部品、ホイールに絡まっていたりしないか確認した。よく見るとマフラー配管に服が少し引っかかっており、その奥を覗き込むと見えなかった要救助者の右足が右側後輪タイヤに踏まれているのが見えた。車両から這い出て、

「右足が踏まれてますね。」

そう伝達しながらも、すでに救出プランを練っている。タスクの順番を確認し、算段を立てる。ある程度構想はできている。

「どうする?救助隊は必要か?」

こういうとき決まって隊長は俺に確認する。普段はバシッと指揮を執るものの、こういうテンションがかかったシチュエーションでは広角に意見具申を活用する。

「本来なら、救助隊の資機材できちんとジャッキアップして出すのが賢明ですが、そんなに時間的余裕はないでしょう。」

そういって車両下の仲宗根に目をやると、仲宗根は何も言わずこちらを見て頷いた。

「俺たちだけでなんとかしましょう。」

「どうやる?」

「積載のダルマジャッキで持ち上げて引き出す高さを確保します。ロックはできませんがその間に要救助者の頭部側にブルーシートを敷いてその上を滑らせて引きずり出します。どうでしょうか?」

「よし、わかった。」

隊長もきっと同じことを考えていたのだろう。

「一応、救助隊を要請する。それから救急隊の増隊要請もかける。先に接触した傷病者の確認を怠るな。ダルマジャッキの転倒に気をつけろ。引きずり出す時にできるだけ要救助者の身体を保護すること。よし、かかれ。」

全員が一様に鈴木隊長の指示のもと動き出す。この男の指揮で素晴らしいところは「安全管理を徹底しろ」などという抽象的な言葉を使わない。この男は具体的に指示を出す。「何をどう留意するべきか」それを的確に明確に言葉にする。だから活動に迷いが生まれない。

「タケさん、酸素投与とAEDの準備をお願いします。」

「ナカソネ、ショック状態かどうか確認できるか?それからネックカラーを巻いてくれ。」

「エジ、ダルマジャッキとブルーシートを持ってきてくれ。」

俺はそう江尻に指示を飛ばしたが、江尻はもうすでに自分のやるべきことを理解していて、消防車に向かって走っていた。俺はジャッキアップポイントを探す。どこにジャッキをかけるか。どこにブルーシートを敷いてどの動きで引きずり出すか。

 江尻からダルマジャッキを受け取り、ブルーシートを展開する位置を指示する。車両右側後輪タイヤのジャッキアップポイントにダルマジャッキを合わせる。

「ジャッキアップ、準備よし。」

「ブルーシート、展開よし。」

車両後方左側の要救助者を救出する側には江尻と仲宗根、右側には俺と武林が位置し、

「では確認する。ジャッキアップはムラ、タケはジャッキアップの監視をしてくれ。要救助者の移動はエジとナカソネ。救急隊長は全体の活動把握をしてくれ。」

「了解。では上昇開始します。」

ダルマジャッキの操作棒を上下させ、ジャッキアップポイントにジャッキの先端が付くまで手早くコキコキと伸張していく。先端がポイントにつく。

「付いた。さらにゆっくり上昇させる。」

俺はダルマジャッキの安定性を、タケは要救助者の足からタイヤが離れるのを凝視している。俺はタケの合図があるまでゆっくりを動かし続ける。「離れたら教えてくれ。」なんてことは言わなくてもわかっている。しばらくそのまま上昇させると、

「離れた。」

「もう少しあげる。さらに上昇。」

さらに動かし続け、完全にフリーになったことを確認して、

「いいぞ。引け。」

江尻と仲宗根に合図を出す。ズルズルと引きずられて行くのが見える。足が完全にタイヤの下から離れたことを確認してほっとした。

(よかった。これで二次災害はない。)

この活動は一見、完璧に進行しているように見えて、実は少々無理をした活動であった。

 本来、ジャッキアップした後に角材か何かでダルマジャッキが何かの拍子に転倒しても、上げたタイヤがそれ以上落ちないような防止措置を講じるのが理想的であった。それゆえに救助隊のショアリングという資機材を使えばそれが可能であった。しかし「そこまで待てない」と「リスクを抱えていたとしても救命のためには仕方ない」という判断がこれらの挑戦を生んだ。

 きっと賛否両論あるだろう。もしかしたら救助隊に指摘されるかもしれない。それは皆わかっていた。それでも俺たちはこの活動を選択したのだった。

 「救出完了。」

江尻の声が現場に響き、全員が要救助者の元へ集まる。要救助者は事前に用意されていたバックボードに固定され、ストレッチャーに乗せられて、すぐさま救急隊によって運ばれていった。

「頼むぞ・・・。」

見送ってから、俺たちは片付けに取り掛かる。ジャッキを丁寧に降ろし、使用した資機材を消防車に戻した。その後に先に観察されていた傷病者のもとに駆け寄り「後から別の救急車がきて、あなたたちを運ぶ」と、事情を説明する。あの一連の活動を目の当たりにした傷病者は呆気に取られていた。

「あの方は・・・。」

そう聞く傷病者に

「どうでしょう。でもあとはヤツらがなんとかします。」

少し冷たくあしらってしまった。事故の状況からして巻き込んでしまったことは確実であり、多くを語りたくなかった。忍びないが、あとは隊長に任せようと思った。

 そのころ、救助隊が現場に到着した。正直、会いたくなかった。救出完了の合図とともに片耳で隊長が無線で「救助隊の反転下命」を下しているのが聞こえていたので、内心「素直に帰ってくれ」と願っていた。それでもおそらく、現場のすぐそこまで到着していたのだろう。救助隊は現場に顔を出した。俺は横目で見ながらも、気づかないふりをした。

「よう。早かったな。」

大川救助隊長が話しかけてきた。もともと2年前まで救助隊にいた俺にとっては、知った顔である。向こうも俺がこの現場にいることをわかっていた様子だった。

「おつかれさまです。はい、要救助者の容体がよくなかったので、早期救出を優先させました。」

俺は救助隊長が言わんとしていることがわかっていたものの、俺の行き過ぎた返事によって、やましさが丸出しになってしまった。このまま「そうか、じゃあ、おつかれ」とでも言って帰ってくれないかと願った。

「ショアリングはどうした?」

やはり聞いて来た。

「ええ、消防車には角材がないので、設定できませんでした。」

わかりきった答えを言う。

「ショアリング無しでジャッキアップしたのか?」

(コイツ、わかってて聞いてるな。)

そう思って苦い顔になりかけたとき、

「すまん、すまん。俺が指示しちゃったんだよ。できるだけ急がないとと思ってなあ。呼んじゃって悪かったな。でもどうしようもなくなったら救助隊に頼るしかないからさ。悪かったな。」

鈴木隊長が割り込んできた。この歴戦の勇士に言われて言い返せる職員などただ一人もいない。

(助かった。)

そう思ったものの、心の中はモヤモヤした。この人に助け舟を出してもらえなかったら、ややもすると俺はこの現場で叱責を受けていたかもしれない。もちろん自分たちの活動には自信を持っているし、言い返したくもなるだろうがそれも叶わなかっただろう。

「ああ。いえいえ。いいんですよ。どうやって救出したのかなーって確認したかっただけなので。むしろ助かりました。ありがとうございます。」

(このごますりめ。)

急に手の平を返す。それもわかっていたことだが、こうもハッキリと見せつけられると、恥ずかしくないのかと感じてしまう。

 「ありがとうございました。」

帰りの消防車の中で、一応お礼を伝えた。

「何が?」

「いえ、なんでも。」

少し気まずい空気が流れるのを感じた。鈴木隊長はいつもこうやってごまかして、正面からお礼を言われることを嫌う。「あんな言い方しなくてもいいのにな」とか「あれは仕方なかったよな」とか優しい言葉をかけてもらいたい気持ちが丸見えになってしまって急に恥ずかしくなった。

 署に帰る。救急隊は搬送したっきりまだ帰ってこない。防火衣を脱いで装備品を整理し、使用した資機材の確認をし終えると、食堂に行き、仲宗根と武林が残したラーメンにラップをかける。二人ともまだ三分の一ほど残っていたが、麺はブヨブヨに伸び、見るからに美味しそうではなかった。それでも残すことは許さない。まるでそれを当たりどころのない捌け口に使うかのように丁寧に保存した。

 出動帰りのルーティンワークに取り掛かったころ救急隊が帰ってきた。

「おつかれしたー。いやー、びっくりしたね!」

消防隊の少し淀んだ空気を知ってか知らずか、渡部救急隊長が陽気に入ってきた。このタイミングで帰ってきてくれてほっとした。こんな空気が長く続いたらどうしようかと心配していた。

「おつかれさまでした。で、どうでした?」

「多分、大丈夫じゃないかなー。搬送し始めた時は状態が悪かったけど、病院着く頃には少し良くなってきてたからな。」

いつもなら隣にいる江尻にハイタッチを求めるところだが、今日はそんな気分になれなかった。

 仲宗根と武林が事務室にそろって入ってくる。

「ラーメン食べちゃえよ。」

「わーってますよー。」

二人は怪訝に答える。

著者

著者:Shikishima
Twitter→𝙎𝙝𝙞𝙠𝙞𝙨𝙝𝙞𝙢𝙖/小説家にいつかなる消防士
小説→敷島出張所消防隊カクヨムで続きを連載中!

【プロフィール】
・著者:Shikishima
・年齢:29歳
・経歴:消防歴10年
 消防隊→特別救助隊→はしご隊
・消防署が笑いと涙の物語で溢れていることを伝えたい。

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