【消防小説】第4話 救出想定訓練

第4話 救出想定訓練

消防署の休憩時間とはあってないようなものである。一応決まっているものの、今日のように昼時に出動が重なると休憩時間に仕事をしていることになり、その場合休憩時間を変更することになっている。つまり、休憩時間はいかようにも融通がきくのだ。がゆえに本来であれば「勤務時間にタバコを吸ってはいけない」などというものは消防署において通用しないはずなのである。屁理屈を言うのであれば、俺は休憩時間を細かく刻みさえすればいつだってタバコを吸えるのだ。が、しかしそんな屁理屈は言わないし、休憩時間はどうしましょうなんてくだらない質問もしない。

 俺達は本来の休憩時間である13時を過ぎてもなお、だらだらと各々がスマホをいじったり、テレビを見たりしていた。武林と仲宗根が昼食を終え戻ってきた。

「ちゃんと食ったかー?」

渡部隊長が聞くのに対して、

「食いましたよ。」

とさっきよりも怪訝に仲宗根が答える。でもお互い悪気はない。一つのコントのようなものだ。

「じゃあみんな、少しいいか?」

鈴木隊長が読んでいた本をとじて老眼鏡を外し声をかけた。みんなが小さく返事をしてぞろぞろと席に着席しようとしたところ、それを静止した。

「いや、いいよ。すぐ終わる。」

間髪入れずに続ける。

「みんなおつかれさま。」

「おつかれした。」

「さっきの活動だけど、少々無理があったな。救助、救急、各方面でなにか言われることがあるかもしれないけど、その時は俺の名前を出してくれ。それだけ。」

と言って、離席して仮眠室に向かっていった。スピード感のある最小限のフィードバックである。アレはこうだった、コレはああだった、などだらだらと話をしない。それは渡部隊長以下の隊員でやればいいと思っているのだろう。だからスピード感のある離席をした。というか照れ屋のこの男はかっこつけた後に居続けることはできないようだった。

「なんか言われた?」

渡部隊長が聞いてきた。

「いえ、とくには。どうやってやったか聞かれただけです。」

「救助来たの?」

「反転はかけていましたが、現着しましたよ。」

「そっか。でもさ、アレはいい活動だったよ。いろんな意見があるかもしれないけど、あの時にあの現場にいたのは俺達だけなんだから、いなかったヤツにはわからないもんだよ。」

その通りである。そんなことは承知だが、言ってくる側もそれをわかってて言ってくる。お決まりのような傷の舐め合いに見えるが、これでいいと思っている。これで救われる心もある。

 渡部隊長は満足しないご様子でブツブツと続けているが。鈴木隊長のあっさりな優しさも、渡部隊長のこってりした優しさも、どちらも俺の心を撫でてくれた。ここに居たい。心からそう思わせてくれる。

 渡部隊長のブツブツが次第に別のものにシフトしていく。今や近所の美味しいイタリアンレストランの話をしている。そんななかハッと気づいて、

「ムラ!訓練どうする?」

「そうですね。ぼちぼちやりましょうか。」

「じゃあ14時からやろうか。」

消防署は時間に厳格である。”いまから”とはなかなかならない。

「わかりました。じゃあみんなよろしくお願いします。」

「なにやるんだっけ?」

武林が聞いてきた。

「エジがこないだ積載はしごの訓練をやりたいと言っていたから、それをやろうかと。」

江尻が「お願いします」と言うように、みんなに小さくお辞儀している。

「よし。じゃあムラが指揮のもとはしごの訓練ということで・・・。よろしく。」

 「ただいまから、積載はしごにて建物二階部分にある要救助者の救出想定訓練を開始する。目標、訓練棟2階。操作はじめ。」

訓練指揮を執り、お決まりのセリフを言う。訓練を実際に受けるのは江尻とそれを仲宗根が補助という形で着く。細かな想定内容は江尻と仲宗根以外の職員にすでに伝えてある。武林は要救助者役ということで訓練棟の2階で大きく手を振りながら絶妙に要救助者の役をこなしている。渡部隊長は安全管理者として監視するためにはしごを運ぶ江尻と仲宗根の後をついていく。鈴木隊長は遠くのベンチに座りながら全体を眺めている。俺は指揮ということではしごの脇に寄り添い細かく指示を出していく。

「おい、早くしてくれよ。熱いよ。」

と武林が煽る。二人ははしごを建物に掛け終わると江尻が足早に登っていき、二階の武林に近づいていく。

「今行きますからね。そのまま動かないで待っててください。」

武林のいる2階と同じ高さまで上がっていくと、

「では、私がはしごを抑えてますので、乗り移れますか?」

そう武林に聞く。

「いや、無理だな。怖いよ。」

そういう段取りになっていた。

「わかりました。ではひとまず私がそちら側に行きますね。」

サッと乗り移ると身振り手振りではしごへの乗り移り方をレクチャーし始めた。

「どうですか?乗り移れそうですか?」

「いや、やっぱり怖いよ。」

そんなはずはない。でもそういう段取りになっている。

「わかりました。ではあなたのことを背負いますね。ロープで結ぶので少し痛いかもしれませんが、絶対に落ちませんので安心してください。」

それでいい。

「わかりました。お願いします。」

この方法を提案されるまで怖がり続けてもらうように武林に頼んであった。江尻は手早く防火衣のポケットからロープを取り出し、背負っている空気呼吸器を2階の床に下ろした。武林の身体にロープを通してから武林をおんぶする。ロープをきつく結んで江尻の手がフリーになる。

「ナカソネー、背負ってはしごに移るからしっかり抑えてくれー。確保!」

「了解。確保よし!」

はしごの”さん”部分にグッと力をかけ、はしごが横滑りしないように上手に乗り移る。あとはゆっくりをはしごを降りてくる。地上に武林を下ろしたところで、

「よし、おさめ。」

と号令をかける。二人ははしごを元の位置まで搬送し整えてから整列してこちらに向き直る。

「おつかれした、わかれ。」

その号令とともに二人がこちらに敬礼する。それに合わせて敬礼を返す。というところで訓練が終了する。自然と全員が円形になって集まる。

「おつかれした。どうだった?」

渡部隊長が司会を勤める。

「ええ。よかったと思いますよ。声かけもよくできていたし、最初から決めつけず、手前から小さいプランを提案していってた部分はよかったです。自分的にはどうだった?」

消防隊の訓練となるとやはり元救助隊員として意見を求められる。そこに上下はなく、お互いの尊重がみられる。

「ありがとうございます。スムーズに動けましたが、もう一つ、自分がはしごを登る前に一人でも降りれるか確認するべきでした。」

「そうだな。そこが一番のスタートだな。どうしても訓練だと切迫感が出ない。本当の火災であれば本当に熱くて1秒でも早くその場から離れたくなるはずだから、わりと自分で降りれる人が多いんだ。それを無理に静止させて留めておくより、自分でできるなら協力してもらった方が、そのほうがかえって安全だったりする。そのことを忘れないでくれ。でも今回は最初からこのシナリオだったから、活動としてはオッケーだよ。」

「ありがとうございます。」

「じゃあ他には・・・ナカソネ、なんかあるか?」

「いえ、特にありません。完璧でした。」

「じゃあ・・・タケは?」

司会にふられて「待ってました」というような顔をしている。なにかふざける時の顔をしている。

「えー・・・ロープが身体に食い込んで痛かったです。」

フィードバックは終わりの合図もなく解散となった。みんなが「ハイハイ」というような顔でそれぞれ片付けに入った。鈴木隊長がのそのそと近づいてきて、

「よく鍛えたな。」

「ええ、一生懸命やってくれてますから。」

なんとなく眺めているようで、この男はよく見ている。この訓練を見て、実際に現場で俺達をどう動かすかを決める。今までは「はしごを登る」という必要性がが現場で発生したら、迷わず俺を指名していただろうが、今日からは晴れて江尻が任命されるだろう。

 なんとなく行われた訓練のように見えて、実は小さな試験のようなものなのだ。

「ほれ。」

と言って千円札を差し出された。鈴木隊長が休憩用のジュース代をくれたのだった。

「ありがとうございます。」

訓練のあと、消防車の後ろでだべっているみんなのもとに駆け寄る。

「鈴木隊長からいただきました。」

「何を」とは言わなくても伝わる。

「あざーす。」

と口々に自販機の方に集まる。渡部隊長にだけ近づいていき、

「なににしますか?」

と、聞く。

「じゃあ、ブラックで。」

「了解す。」

俺は自販機に行って、自分の分の微糖コーヒーとブラックコーヒーを買い、残りのお釣りはみんなに託した。お釣りを返しに行くのと、施主である鈴木隊長の分を購入するのはこの中で一番下席にいる仲宗根の役目であった。自然とそう流れていく。

 「おごり」という文化すら今は時代の流れに流されつつある。俺が消防署に入った頃には、どこの消防署にいても1日に5本以上おごられることが普通だった。「上席者が下におごる」これが普通だったが、良くも悪くも今では「自分の分は自分で」などというなんとも切ない文化に変わりつつあった。しかしここでは今でもなお古き良き文化が残っている。

 それだけではない。随所に見られる。それが俺たちにとっては心地がいい。パワハラやらコンプライアンスなどという言葉の定着とともに、古き良き文化は時代の隅に追いやられつつあるが、こうして錆びない場所もある。

 全国的に見ればかなりのんびりだったかもしれないが、パワハラという言葉の流行とともに、本部からお触れが出たのは三年くらい前のことだったか。「職務内容の徹底」などと名を打って、食事後の皿洗い、洗濯、寝具の用意、買い出しなどのいわゆる「雑用」というものを下席者に全てやらせるのではなく、自分のことは自分で行うようにという内容の通知文が出された。

 それを目にした時は驚愕したものだ。こんなのを本当に鵜呑みにしていたら消防署は回らなくなると感じた。

 第一にこれを発布した当時の幹部連中は散々俺達にやらせていただろうとも思った。しかし、俺はそれでいいと思っていた。新人や若手職員には業務において「できないこと」がたくさんある。例えば消防車を運転することはできないし、現場に着いて無線運用をすることもできない。訓練を企画することもできなければ、こうしてみんなにジュースをおごるほど金銭的余裕もない。だからこそ「できること」をやる。

 いわゆる「雑用」というものであってもそれを全力でこなし、上席者を支え、その見返りに現場で守られ、訓練で育てられる。それが消防署における「サークル・オブ・ライフ」なのではないかと思っていた。

 そうでなくなれば上席者がどんどん大変になっていき、下席者はやりがいを感じなくなっていく。無論、大変になっていく上席者は「なにもしてくれない者に、なぜわざわざ訓練やらジュースやら」と考えるようになる。当たり前だ。なぜそれが読めないのかと驚愕した。

 日本では鎌倉時代から「御恩と奉公」という文化が根付いていたのに、なぜ1400年経ったこの時代にわざわざそれを壊さなきゃならないのか。お互いに支え、支えられて回っていくのが良好な関係性を築くと、俺は今でも信じている。

 訓練が終わるころ、車庫には夕日が差し込んでくる。

「そろそろ、行ってみっかい。」

俺がみんなに声をかけると

「やりますか。」

と、仲宗根がやや下向きに答える。あまり乗り気じゃないらしい。

「いくかー!」

と、大して出来もしないのに江尻はいつも前向きである。彼の良いところだ。

 訓練棟の脇に大人用の鉄棒が設置されている。その隣にはゴムマットが敷かれており、少し離れたところにマンホールの蓋がある。ここが俺達のトレーニングジムだ。ダンベルやバーベル、ベンチなどの器具は一切使わない。使うのはこの錆びた鉄無垢だけである。それから条件が一つある。降雨なし。これが重要で、おそらく仲宗根は降雨を願っていたりもする。

「じゃあ、10セットで。」

「いくぞ、じゃんけん、ホイッ。」

じゃんけんを何度か繰り返し、1位から4位を順位付ける。4位になった者は懸垂、3位はジャンプスクワット、2位は腕立て伏せ、1位は休憩、という要領だ。上位から段々とキツいメニューになっていく。これを10回繰り返す。終わる頃にはだいたい満遍なく全身が鍛えられるという、なんとも効率的なトレーニング方法である。これをみんなは「じゃんけんすい」と呼ぶ。

 ただ満遍なくといってもどうしても偏りが出る。しかし、それが鍛えどころであって、いわゆる「追い込む」という作業を自動的にやってくれる。

 そしてこの仲宗根という男は、他の人以上によく「追い込み」を発動させる。天の思し召しかのようにいつも決まってどれかのメニューで追い込むことになる。どうやら今日はジャンプスクワットのようだ。7セット目が終わる頃、彼はすでに最初に2回といま3回連続で3位のジャンプスクワットを獲得している。こうなるとみんな仲宗根を続けて3位に仕立て上げたくなる。

「いや、もう無理っす。もう足は限界です。懸垂いくらでもやりますから。お願いします。」

と、じゃんけんの構えをしながら神に祈った。「4位でいい」という宣告敗北だ。しかしそんなことは許さない。

「じゃんけん、ホイッ。」

そしてこういう時は不思議なことにサクッと決まる。また3位だ。ドッと笑いが起きる。

「もー無理。」

と、言いながら会場であるマンホールに向かっていく。見事1位を勝ち取った俺はそれについていく。監視される。これもまた、仲宗根にとって嫌な理由の一つだろう。

「ほら、ちゃんと飛べよ。」

著者

著者:Shikishima
Twitter→𝙎𝙝𝙞𝙠𝙞𝙨𝙝𝙞𝙢𝙖/小説家にいつかなる消防士
小説→敷島出張所消防隊カクヨムで続きを連載中!

【プロフィール】
・著者:Shikishima
・年齢:29歳
・経歴:消防歴10年
 消防隊→特別救助隊→はしご隊
・消防署が笑いと涙の物語で溢れていることを伝えたい。

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