【消防小説】第5話 夜の家

第5話 夜の家

 トレーニングが終わると一斉に夕食の支度に取り掛かる。その間、両隊長はというと敷地内を仲良くウォーキングしている。昼食後に予約してあったお米はすでに炊けている。本日、料理長を勤める江尻がメインディッシュの回鍋肉を作る。俺と武林で協力して麻婆豆腐と中華スープをサッと仕上げる。仲宗根はというと、食堂で足を真っ直ぐに伸ばし、だらっとして動かない。足が限界のようだ。

 結局あれから最後のセットでも3位を獲得し、見事10回のうち7回を足につぎ込んだ。こんな時、一番下席者である仲宗根が「雑用」をしていなくても誰もなにも言わない。頑張ったからそれでいい。

 夕食の準備が終わる頃、二人がウォーキングから戻ってきた。昼食もそうだが、うちでは夕食もみんな揃って食べる。他の署はというと、自炊をしていないところはみんなバラバラに食べたりするところもあるようだが、ここでは同じ釜の飯を食う。

「いただきます。」

隊長の号令とともに食事が始まる。もちろん救急隊が出動していたり、どうしても急用で誰か不在のことがあったりはするが、基本的にはみんな揃ってご飯をいただく。ガヤガヤと喋りながら食べる時もあれば、黙々と目の前の皿に集中するときもある。それは料理の質によって変化する。

 消防署のメニューは、やたら中華が多い。大皿やルー系の麻婆豆腐やカレーが多くなってしまういがちだが、たまには餃子や揚げ物をやったりもする。でもこれは少々手間がかかるので、そういう時は語尾に「パーティー」と付け加えてみんなの協力を得る。そうすると隊長達も協力してくれるのだ。

「ねえ、昼も麻婆だったよね?」

「ええ、残り物です。」

「普通逆だよね?残り物をラーメンとかにかけるよね?」

料理長の江尻と渡部隊長がやりとりしているところ、鈴木隊長がボソッと俺に言ってきた。

「今日、漬物持ってきたから、明日の朝飯で出してくれ。あと、納豆も買ってきた。」

「いつもありがとうございます。」

鈴木隊長は休みの日に自分の土地で野菜を育てている。いつもその野菜を差し入れてくれる。これが意外と助かる。ネギやニンジン、今回のように漬物など。

 いつも特に計画性なく持ってきてくれるが、俺達はそれに合わせて献立を考える。明日の朝はそばにするつもりだったが、シンプルに米と納豆と漬物、味噌汁の和食にすることにした。

 夕飯が終わるとそれぞれ各々の時間の過ごし方をする。報告書を作ったり、バラエティ番組をみたり、それぞれのやるべきことを就寝時間までに終わらせておけば、特になにを言うわけでもないのがうちの隊長達である。無論、隊長達もそうしている。本を読んだり、文書に目を通したりと、ゆっくりとした時間を過ごす。

 江尻や仲宗根ら若手職員にとっては色々なことのお勉強時間となるので、こういう時間を使って俺や武林が小さな講習会を開いたりすることもあるが、今日は出動に関する報告書を作らなければならないので、自己学習してもらうことにした。

 鈴木隊長はもれなく20時にシャワーを浴びにいく。それを合図に事務室にはお菓子が広げられる。これはみんなが差し入れという形で持ってきたものだ。塩系の煎餅から甘い系のドーナツまで切らすことなくみんなが気遣いあって用意される。

 俺たちがシャワーにいくのは22時を過ぎたあたりからである。出動があると汚れることを気にして、できるだけ遅めに入りたいというのが本音である。

 また、救急隊は出動が多いため、他の署の救急隊の動態を確認しながらになる。俺と武林も決まって22時にシャワーに行く。シャワーはできるだけ短く済ます。別に「出動に備えて」なんていう高貴な意識ではなく、単にビショビショのまま出動するのが嫌なだけだ。

 シャワーを浴び終えるとそこからはゆったりとした時間が流れる。なぜなら、俺達の勤務時間は22時までだからだ。

 ここからは勤務時間ではなく基本的には休憩時間ということになる。無論、指令がかかればそこからは勤務時間に切り替わるのだが、平和であればなにをしてても文句を言われない。同期の武林と喫煙所に行く。

 ここでのんびりと過ごしているといつも気づくと0時くらいまで話し込んでしまう。3日に1度は会っているわけで、そんなに話すことがあるわけでもないし、「親友」なんて言うほど仲睦まじいわけでもない。でもそこに時々、江尻や仲宗根が入ってくることによって更に会話は広がり、皆気づくと時間を忘れてしまう。

 「親友」と言うわけでもない、でも「同僚」と言うほど冷めてもいない。まさに「家族」という言葉がちょうどよかった。俺も兄がいるが、兄になんでもかんでも話すわけではない。でも無言の時間が流れても、ちっとも気まずくならない。その感覚にとても似ている。でもこれが消防署におけるベストな関係性な気がしている。もちろん、なかにはそう思わない職員もいるかもしれないが、俺にとってはこれくらいがちょうどいい。

 寝るのは0時を回ってからになる。0時から6時まで2時間ずつを消防隊で交代して受付勤務する。隊長は4時から6時までと決まっているので、俺と江尻が0時から2時までと2時から4時までを交代で行う。今日は江尻が0時からの担当なので俺は寝ることとする。

 仮眠室にはもうすでに隊長が寝ている。仮眠室にはベッドが4つあって各隊が部屋に分かれて寝ている。俺は機関員という理由で入り口から一番近いところに寝ることにしている。

 布団はもう敷かれているが、これは江尻が敷いてくれたものだろう。わざわざ確認もしないしお礼も言わない。その分仕事をすればいいと思っている。寝巻きの活動服の上着を脱いで布団の中に入る。

 「ムラさん、ムラさん、受付っす。」

「おう、了解。」

2時になった。江尻と受付を交代する。受付といってもこの出張所に人がくることはほとんどない。ほとんどなので絶対にとは言い切れないが、夜間に人が訪ねてくるのは年間で1回あるかないかというところである。そう、つまり特にやることはない。

 受付勤務時間の過ごし方はいろいろだ。なにをしててもいい。厳密にいうと勤務時間だから、完全になにをしててもいいというわけではないけれど、この時間にスマホをいじっていて文句を言える職員はいないだろう。なんならこの時間は大半みんな寝て過ごす。寝床を事務室のソファに変えるだけだ。万が一人が来たときにさえきちんと対応すればいい。それを寝ていたからどうのなどと言い始めるとキリがなくなる。

 俺はいつもこの時間を読書にあてる。最初の10分だけ。10分本を読んでいると、あとはそのまま流れに身を任せる。

 3時50分にスマホのアラームが鳴る。俺は電話の音が聞こえるように事務室のドアを開けたまま車庫にいき、タバコを一本吸う。吸い終えると鈴木隊長を起こしに行くのだが、「おじいさん」は朝が早い。仮眠室の引き戸を半分開けたところで手を挙げているのが見えた。「起きてるよ」という合図だ。俺はそのまま自分のベッドに向かい、隊長に小さな声で、

「お願いします。」

と、声をかけた。

 この仮眠室には朝日がよく差し込む。この時期は起床時間と朝日の昇る時間が同じくらいなのでたいていアラームが鳴る前に目が覚める。しかしまだ眠い。のそっと起き上がると、江尻の布団はすでに綺麗に畳まれていた。自分の布団を綺麗に畳んだあと、隊長の分を畳む。起床後はいつも口数も少なく黙々とタスクに取り掛かる。

 消防署の朝は掃除からはじまる。ほうきを手に取るもの、ゴミ箱を回収するもの、モップをかけるもの、業務用の掃除機は決まって鈴木隊長が担当する。俺はいつもほうきを手にとり、なんとなく手にとった順で空いているところを掃除していく。その頃、江尻はせっせと朝食の支度をしており、掃除が終わるタイミングと朝食のタイミングは同じくらいになるようになっている。

 朝食といっても軽食である。それでも鈴木隊長の食に対するこだわりは朝食に重きを置いてるらしく、異動したときに最初に言われた依頼が、「朝食を用意してくれ」だった。

 特にたくさん食べるわけでもないが、いつも「いただきます」の手を合わせるとき、朝食の時だけ少し長く手を合わせることに気づいていた。それが何故なのか、いつか聞いてみたいと思っている。

 台所の片付けも済み、一連の仕事が片付いた頃に反対番の若手職員が出勤してくる。

 俺達は1日の最後の仕事として、消防車をウェスで拭く。これは特に誰に指示されたわけでもなく、俺自身が救助隊の頃からやっていたルーティンワークであった。特に江尻や石田に強要したことなかったが、二人はいつぞや真似するようになった。特に何か目的があるわけではないが、かすかに「今日も無事終わってくれてありがとう」という気持ちを込めていることは感じていた。だから江尻も石田もなにも聞かなかったし、きっと彼らも彼らなりに何か思っているのだと思う。

 昨日の朝とは反対のことをする。今日当番の消防車の機関員に対して車に関する申し送りと、使用した資機材の状況を伝える。そして、最後に鍵を渡す。これで1日の仕事はほとんど終わり。あとは全体の申し送りをしたら勤務が終了となる。

 本来の勤務は8時30分で区切られるが、実質は8時15分を区切りにどちらの班が出動するかが決まる。よって、もう終了である。

著者

著者:Shikishima
Twitter→𝙎𝙝𝙞𝙠𝙞𝙨𝙝𝙞𝙢𝙖/小説家にいつかなる消防士
小説→敷島出張所消防隊カクヨムで続きを連載中!

【プロフィール】
・著者:Shikishima
・年齢:29歳
・経歴:消防歴10年
 消防隊→特別救助隊→はしご隊
・消防署が笑いと涙の物語で溢れていることを伝えたい。

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