【消防小説】第7話 救出完了

第7話 救出完了

 段々と岸が近づいてきた。石田だけじゃなく武林や仲宗根もロープを引っ張ってくれていた。ゆっくりと丁寧に引いているのがここからでもうかがえる。

「もう少しですよ、安心してください。」

本署から向かっていた指揮隊と救助隊が到着するのが見えた。二台の車からぞろぞろと降車し、何人かがこちらを眺めている。指揮隊長と救助隊長は鈴木隊長と話している様子だ。「牽引の補助」とでも指示したのだろう。救助隊の何人かが石田の周りに集まっているのが確認でき、残りの者は俺達が入水したところに寄ってきた。

 「救助隊様のお出ましだ。」

と、江尻にいうと、

「出番なしですなー。」

と、のってきた。少し皮肉じみた言い方をしたが悪気はない。ただ、この活動自体がほぼ完遂しつつあることへの喜びだ。

 俺も江尻ももうほとんど泳ぐのをやめている。それはなにも牽引する人数が増えて安心したわけではなくて、仲間達との繋がりをこのロープのテンションで感じたかったからだ。

 「救出完了。」

小さな声で安堵するように言った。水際でロープをほどき、要救助者を救助隊に託す。

「あと頼むわ。」

「おつかれっす。さすがっすね。来る時に、どうせムラさんが済ましてるでしょって話してましたよ。」

と、救助隊員が笑いながら言う。救助隊員はみんな知り合いだ。後輩はかつての部下だし、先輩はかつての上司だ。救出の満足感で茶化されていることすら気分良く感じている。

「いいから早く連れてけ。」

と、照れてしまった。

江尻がやり切った顔をしている。深呼吸をして資機材はそのままに消防車に戻っていく。片付けはあと。ひとまず一息つきたかった。石田が飲み物を持ってきてくれた。

「おつかれさまでした。」

その石田の声を聞いてほっとした。石田も満足している様子だった。

 少し休憩を取って、救急隊の方へ向かう。

「どうすか?」

渡部隊長に聞いた。

「大丈夫だな。搬送の必要もなさそうだ。」

「そうですか。よかったです。」

救助隊はそそくさと引き揚げていき、俺達も片付けを始めたが、すでにほとんどを石田がやってくれていた。

「おつかれ。濡れちまったな。」

「よくやった」とは言わない。この男は褒めない。今のいままで一度たりとも褒められたことはない。

「少し水を切ってから帰りましょう。車内がビチョビチョになっちゃいます。」

「いいよ、そんなの。俺が運転していくからお前らは後ろに乗れ。イシ、帰りは助手席な。」

「すいません。ありがとうございます。」

指揮隊に軽く挨拶をして、俺は消防車の後部座席に座った。運転席には隊長が座っている。こういうイレギュラーなことは他の消防隊ではなかなか起きない。この隊長ならではの柔軟さである。

この古い消防車のクラッチを強く踏み込み、慣れたようにギアを繋ぐ。

(しばらく運転してないだろうに、上手だな。)

と、思わず感心してしまった。

出張所に帰ると、

「すぐシャワー浴びろ。資機材の補充だけして、洗浄やら他のことは、後でみんなでやろう。」

促してくれた。

「さーせん。ありがとうございます。」

と、みんなに言ってお風呂に向かった。みんなに後始末をやらせてしまっていることを自覚しながらも、決して急がない。ゆっくりとシャワーを浴びた。

 無駄に頭からお湯を浴びて、まるでどこからか撮影でもしているかのように。江尻も同じことをしている。特に会話はなかったが、彼なりに浸っているなと感じた。

 おそらく江尻にとっては初めての人命救助になったのだろう。江尻は、いままで人命救助活動に参加したことはあっても自らが前線に出たことはなかった。そんな江尻に、

「浸ってんなよ。俳優気取りか?」

茶化した。急に恥ずかしくなったようで、

「違いますよ!ちょっと寒かっただけです!」

赤面しながら返した。そんなはずはない。今日は暑い。

 資機材の補充が終わっても、しばらくみんなは車庫の中で話をしていた。石田は目をキラキラさせながら得意げに話をしていた。きっと救急隊の誰かが褒めでもしたのだろう。俺達もそこに参加して、自然とフィードバックが始まった。無論、反省点など出るはずもなかった。

 無駄に褒め合い、余計なくらいに上席者へのごますりをする。くだらないことのように見えるが、それが重要なのである。こういう姿をしっかりと石田や江尻に見せておくことがこの先の彼らのモチベーションに繋がる。

 江尻の顔もどこか得意げに見え、自信に満ち溢れていた。仲宗根は「どうしてあんなにスムーズに活動できるのか」と、心底興味があるようでいろんなことを質問していた。どのタイミングでプランが決まったのか。なぜあの救出方法になったのか。他にはどんな作戦を立てていたのか。同じ出張所といえど部隊が違うから、やはり仲宗根にはこの消防隊の強さがまだ測れていないようだった。

 話がひと段落して、

「さて、やっちゃうか。」

という武林の一言で、先程使用したロープやら浮環やらの洗浄作業が始まった。資機材に付いた海水を流し落とそうと、水道ホースを伸ばそうとした時、出張所の敷地内に一台の見慣れない車が入ってきた。さっきの要救助者だ。彼らは車を降りるや後部座席から何やらお茶菓子のようなものを持ち出して、隊長の方に近づいてきた。俺は軽く会釈して作業を続けた。少し冷たい対応のように見えてしまったかもしれないが、わざわざ近づいて行ってしまってはいかにも「お礼を言ってください」と、こちらから言ってるもののような気がして引っ込んだ。俺が行かないもんだから、江尻と石田も行きづらそうな顔をしていたので、

「お茶菓子でもいただいただろうから、挨拶して、中にしまってきちゃいな。」

と言って二人を行かせた。

 俺はバケツに水を汲んでロープをガサガサと煩雑に洗った。海水はなかなか抜けないから、その作業を何度も繰り返す。必要以上に。会話が終わるまで。

 向こうからは見えないが、わずかに声が聞こえる。

「本当にありがとうございました。」

女性のその声は少し涙ぐんでいた。

「いえいえ。いいんですよ。無事でなによりでした。でもね、あなたたちはついていましたよ。本当に、ついていました。」

「え?」

「本来、我々のような消防隊にはあそこまでできませんよ。私達の後にオレンジの服を着た連中が来たでしょう?彼らが来るまではなにもできません。うちにはね、腐ったみかんがいますからね。泳ぎの達者なヤツが来たでしょう?ヤツがいなければ、我々にはなにもできませんでしたよ。そしたらもっと潮が満ちていましたからね。もうちょっと危ない状況になっていましたね。」

この男は時折凄まじい褒め方をする。面と向かって褒められたことはないが、こんな風に涙が出そうになるくらいの褒め方をする。聞こえてると知ってか知らずか。

「だからね、私じゃなくてヤツにお礼を言ってあげてください。きっと喜びますよ。じゃあ、帰りは気をつけてくださいね。」

そういってその場を後にした。見送らずに切り上げたことにも意味ありげな感じがした。きっと、俺がゆっくりと話せるように気を遣ったのだろう。

 こちらに二人が近づいてくるのが横目に見えたが、気づかないふりをした。

「あの、さっき助けに来てくれた方ですよね?」

ハッと少し驚いたように見せて、

「あ、はい。」

「あの、本当にありがとうございました。あなたが・・・」

恥ずかしさでたまらなくなって、話し始めた時にちょうど江尻の姿が見えたので、

「エジー!」

と、大きな声で呼んだ。

「はい?」

と言いながら走ってきた。ひょこっと石田が顔を出したので、石田のことも手招きした。

二人が来てから改まったような感じで、

「いえいえ、無事でなによりです。」

と、それらしいことを言った。

「改めてみなさん、本当にありがとうございました。先ほど隊長さんから、こちらのみなさんじゃなかったらあんなに早く助けてはもらえなかったと教えてもらいました。本当にありがとうございました。」

男性がそう続けると、

「私、本当に怖くて怖くて、私、泳げないのでどうなっちゃってたことか。」

女性のその姿を見て、少し高揚していた気持ちが飛んでいった。冷静になって、

「いえいえ、彼らがね、本当によく動いてくれました。彼らね、本当に毎日一生懸命訓練してるんですよ。こちらこそ、信じて待っててくれてありがとうございました。それから、こうしてわざわざお礼に来てくれてありがとうございます。私にとっても彼らにとっても大切な大切な経験になりました。」

きちんと気持ちを伝えた。

「これからも、もっと一生懸命訓練頑張ります。」

真っ直ぐな青年のように、眩しく、明瞭に江尻が言った。石田は言葉にならないというような表情をしている。俺達は車を見送った。太陽が夕日になりかけていた。まだ夕日になり切ってもいないのに俺達は目を細めて遠くを見てた。浸っている。いい。今日はいい。

「さあ、片付けるぞ。」

「はい。」

 その日の夜、石田にロープの結び方を教えてくれと言われて、自主練に付き合うことにした。もうロープに関して特に教えることはない。一緒に活動訓練をすることはあっても、わざわざ俺が教えることもない。さて、これは他に何か用があるなと思った。本人も特に何がやりたいわけでもないのに誘ってしまったことに、どうしたものかとそわそわしている。かわいいヤツだ。

「すごかったですね。今日。」

(なんだ、そう言うことか。もっと話したかったんだな。)

「そうだな。かなり仕上がってたな。」

「はい、自分、消防に入ってから、あんなにまとまった活動を見たのは初めてでした。」

「いやいや、去年から一緒だったろう!」

「いやだって、去年は隊長が・・・。」

へらへらしている。そう。確かに石田が言う通り、去年の隊長はいまひとつだった。いや、正直に言って判断力に欠けた。もちろん人には得意不得意があるが「現場での指揮統制」というカテゴリーに関しては苦手だったのだろう。

「確かにな。スーさんは、指揮能力が並外れてる。」

「そうなんですよ!そうなんですけど、でもそれだけじゃないんです!隊長の指示とムラさんの洞察力がピタリと合致してるんです!ハマってるというか、なんというか、ピッタリと磁石みたいにくっつくのが見えるんです。外から見てると、アレ、不思議な感覚ですよ。」

興奮していた。帰って来てからずっと、周りには誰かがいたからゆっくりと話せていなかった。

「なんかアレを見ていたら、すごいなとか、かっこいいなとかじゃなくて、コレに混ざりたいなって思ったんです。」

「一緒に活動してたじゃんか。イシの準備のおかげで俺達はすぐに救出に向かえた。大事なことだぞ。」

と、お世辞へのお礼を伝えるように返した。

「いえ、いいんです。違うんです。そんなお世辞言わないでください。正直、誰を連れて行くか決めるとき、ムラさん俺をバックミラーで見たじゃないですか?」

(ヤベッ、バレてる。)

そうだ。俺は石田か江尻で迷った。ダサいことに実際の能力ではなく、ただキャリアで選んでしまった。俺はそのことに罪悪感を感じつつも、正直に言って、能力うんぬんではなく江尻の方が信用できるというのが本音だった。

「ああ。」

と、言い訳を続けようとした時、俺を遮って、

「いいんです。あの時、ムラさんが江尻さんを信用してるんだなってのが伝わって来たんです。正直言って、行きたい、俺を選んでくれって思いましたよ?でも、それがかっこいいなって思ったんです。それがプロの信頼ってやつなんだなって思ったんです。もちろん”除け者”なんて思って活動したわけじゃないですよ?一生懸命やりました。ムラさんがいつも言ってるように、自分にできることを全力でって思ってやりましたよ?でも俺、まだまだだなって。観察力とか洞察力とか、現場を予む力とかまだまだだなって思ったら、なんかワクワクして来ちゃって。俺もいつかあの中に入りたいなって思ったんです。」

言い切った。驚いた。この子はあの状況でこんなことを感じていたのかと。罪悪感なんてものを感じてしまっていた自分を恥じた。この子はそんな目先のことを考えていない。崇高な向上心を抱いてあの現場にいた。それはどんなにいい教育を施しても、どんなに運動神経が良くても敵わない。いやもしくは、アレを目の当たりにしたら、誰もがそう思うのか。いずれにせよ、あの状況の中でわずかでも悪心を気にし、彼の純粋な気持ちに気づかなかった自分が恥ずかしくなった。それとともにこの子の未来のために、俺達に課せられる使命は非常に重要だということを改めて感じさせられた。

著者

著者:Shikishima
Twitter→𝙎𝙝𝙞𝙠𝙞𝙨𝙝𝙞𝙢𝙖/小説家にいつかなる消防士
小説→敷島出張所消防隊カクヨムで続きを連載中!

【プロフィール】
・著者:Shikishima
・年齢:29歳
・経歴:消防歴10年
 消防隊→特別救助隊→はしご隊
・消防署が笑いと涙の物語で溢れていることを伝えたい。

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